昭和時代の小学校の日常

ブログ更新が久々になってしまい申し訳ありません。年末が現場での研修やトレーニングでほとんど埋まってしまいパソコンに向かって何かをする作業が滞っておりました

さて2021年最初のブログになりますがちょっと営業のお話とはずれて自分の昔話を致します。突然色々と思い出したので思うままに書き連ねますがスキルとはあんまり関係ないかもしれませんが、何か重要なヒントが隠れているような気がしております

私は青葉区の二日町という街の真ん中で育ちました。その二日町のマンションで母と暮らしていたのですが、このマンションが芋亜思えばあり得なかった。何がそうなのかというと、このマンションに同級生が6人も住んでいて同じフロア、いや隣の部屋も同じ小学校の女の子が住んでいたり、違うフロアにお友達が結構住んでおりました

今ではまずあり得ないことですが、人の部屋にほぼ無断で入って遊び、ご飯を食べると言う事が日常の風景で、私もお友達の家で遊び夕ご飯をご馳走になるなんてことは日常茶飯事でした。各家庭にピアノがあるのですが、大体玄関に置いてあり玄関のドアを開けっ放しで練習をする音が通常でした。もちろん音はダダ漏れなんですが、誰も気にしておりません。むしろ、練習半張っているね、上手になったねと承認すらされました。それは我が家も同じです

仲の良い同級生の家同士ではお互いに勝手に往来することも当たり前で全て事後報告(笑)本当になんでもありでしたが、それが通常のコミュニケーションであり行動だったのです

今これをやったら完全に非常識と非難されますが、私はこの点においてだけは昔の方が遥かに人間的で日本人で良かったと思ってしまいます。そう思ってしまうぐらいいまの世の中はちょっと荒んでいて余裕がなくて誰かを攻撃する事で自分を守って誰かを集団で非難する

これってまさにいじめの構図と変わらなくないですか?私はこの雰囲気が好きではありません

いつからこんなに余裕のない社会になったのか、監視社会にまた一歩近づいていることを痛感させられます。本質的なことより表面的な体裁を保つために何かをやっているという理不尽がまかり通っています

こんな時だからこそ、お互いを譲り合い認め合いいい意味でのエエ加減が大切だと私は考えていますがどうも世間ではそうではないようです

あの昭和の余裕のある素敵な時間が懐かしく感じられる今日この頃です。時間を元に戻せと言っているわけではありませんが、もう少し他人にも身内にも寛容になれる社会であって欲しいと願う一人の戯言です

先崎雅和